ドアの音。廊下を歩くときの床のきしみ。台所で材料を切る包丁の音。そして、大きなため息。
家の中で鳴るこういう音が、全部自分への非難に聞こえていた時期があります。
私が家に引きこもってここにいるから、こうなっているんだ。そういうメッセージとして、音がそのまま体に入ってきます。長いあいだ、これで苦しみました。
この記事では、家の中の音と言葉をどう受け取っていたか、そして今どう扱っているかを書きます。
家の中の音が、全部自分への非難に聞こえる
何から何まで、自分のせいだと聞こえてくる
不機嫌そうな顔もそうです。誰かの表情が曇っているだけで、原因は自分だと決まります。
実際にそう言われたわけではありません。それでも、そう聞こえてしまいます。
家の中にいる時間が長くなると、限られた空間と限られた人間関係の中で、起きたことが実際より大きく映ります。判断する材料が他にないからです。
一番きつかったのは、母のため息
中でも一番こたえたのは、母のため息でした。
母は、とても頻繁にため息をつきます。しかも無意識です。私の目の前でもしますし、階段のところで一人でいるときにも自然と出ています。
だから本人に悪気はありません。それは分かっています。分かっていても、聞こえるたびに刺さります。
ため息の向こう側にあるもの
母も、なぜこうなったのかを考えている
いま冷静に考えると、母は母で、なぜこんな家族になってしまったのかを考えているのだと思います。
ただ、私ほど深くは掘り下げていません。だから行動にもつながらず、本質的なところも見えていません。
それと、昭和の女性によくある、一歩後ろに下がって歩くタイプです。自分から問題に取りかかることはありません。何かあれば父に任せます。
父は家族に関心がありません
そしてその父は、家族のことにあまり関心がありません。
母は父に任せ、父は動かない。だから何も変わらないまま、同じ状態が続いてきました。
この構造が見えてしまうと、余計につらくなります。誰が悪いという話ではなく、誰も動かないというだけの話だからです。
自分が出ていけば、この家は幸せになるのに
引きこもりはじめの頃、よくこう考えていました。
ここで自分が家を出てしまえば、この家族は幸せになるのに。
自分がいるから、この空気があるのだと本気で思っていました。
けれど出られませんでした。出られる状態ではなかったからです。出たほうがいいと分かっているのに出られない。その板挟みが、当時は一番苦しかったです。
父にブログを作ってあげた日
「お前はすごいな」
時間が経って、私は自分のブログを始めました。お酒のことや、気分の波のことで苦しんだ後のことです。
そのうちに、父が仕事関係の情報を発信できるように、ブログを立ち上げてあげました。文章を作るための手順も用意しました。
出来上がった文章を見せると、父はとても喜びました。そしてこう言いました。
お前はすごいな。そのために今まで苦しんできたんだな。
うれしかった。そして、刺さった
あの言葉は、普通の親からはなかなか出てこないものだと思います。素直にうれしかったです。
ただ同時に、こうも思いました。
そのためにって、何のためだ。こんなに苦しんだのは、あなたたちのせいだ。
本当はそう言いたいところでした。言いませんでしたが。
悪気はありません。ただ、こちらの痛みを想像しないまま出てくる言葉には、必ずとげが残ります。会話をするたびに、どこかで傷つくことになります。
事実の交換だけにする、と決めました
それで、私はある割り切り方をしました。
家族との会話は、極力、事実のやりとりだけにする。気持ちを共有しようとしない。
冷たいようですが、これは自分を守るための線引きです。共有を期待するから、返ってきた言葉で傷つきます。期待しなければ、同じ言葉でも通り過ぎていきます。
この線を引いてから、家の中の生活はずいぶん楽になりました。
安心できる場所は、家の中にはありません
自分の部屋は、働く場所です
正直に書くと、ここなら安心できるという場所は家の中にありません。
自分の部屋もそうです。部屋にいると、無価値感のようなものに駆り立てられて、常に何かをしていないといけない感覚になります。
誰も評価などしていません。実際には、誰も見ていません。それでも、何もしていない状態でいることができません。
だから部屋は、猛烈に作業をする場所になっています。ベッドもありますが、私は眠ること自体があまり好きではありません。
朝4時の道が、部屋の代わりになります
あえて言うなら、朝の4時から5時あたりです。
その時間は、街に誰もいません。誰もいない道を歩いていると、部屋にいるときのような、力の抜けた状態で歩けます。
安心できる場所は家の中ではなく外にあって、しかも特定の時間帯にしかない。私の場合はそうなっています。
「働くべきだ」とは言われませんでした
弟の世話をしていたから
もう何歳なんだから働くべきだ。こういう言い方は、実は一度もされていません。
理由はいくつかあると思います。一つは、私が何かに取り組んでいる姿は見せているので、花が咲くまで待ってくれているのかもしれない、ということです。
もう一つは、4人きょうだいの一番下に重い障害のある弟がいて、その世話をずっと私がしてきたことです。その積み重ねが、目に見えない貯金のようになっていたのだと思います。
心配のつもりの一言で、近づけなくなりました
ただ、働くことに関連して、忘れられない場面があります。
就職活動の時期でした。対人恐怖で家からなかなか出られない状態のまま、弟の介護をしていました。
そのとき、こう言われました。あんた、就職活動しなくていいのか。大丈夫なのか。
心配して言ってくれたのだと思います。それでも、あの日から弟の部屋に近づきたくなくなりました。
行くたびに同じ話をされるのではないか。そう思うと足が止まります。
けれど弟はよく体調を崩します。近づきたくないのに、行かなければならない。その二つで、がんじがらめになっていました。
一ミリの挑戦として、やってみたこと
ここからは、実際に試したことを書きます。どれも小さなことです。
掃除機をかけながら、イヤホンで別の音を流す
ノイズキャンセリングのイヤホンをつけて眠ろうとしたことがあります。
それと、自分で掃除機をかけるときにもイヤホンをして、落ち着く音を流しながらかけます。掃除機の音は、自分でかけていても神経に触るからです。
音が自分を責めてくるなら、音のほうを差し替えてしまう。単純ですが、これは効きました。
何もない床に座ってみる
部屋の中の選択肢は、たいてい椅子に座るか、ベッドに座るか、寝転ぶかの3つです。
そこであえて、何もない床に座ってみました。そして自分を観察します。この場所でリラックスできるのか、それとも心が乱れるのか。
実験のような感覚です。安心できる場所を探すのではなく、この場所は安心できるかどうかを確かめにいきます。
家族のいるソファーに座ってみる
もう一つ試したのが、家族がいるソファーに座って、一緒にテレビを見てみることです。
これが一番負荷が高い挑戦でした。
やっていたのは、自分のテリトリーを少しずつ広げる作業です。ここは危なくない、という実体験を体に積んでいく練習とも言えます。
劇的に変わったとは言えません。それでも、少し効果はあったような気がしています。
おわりに
家の中の音が全部自分を責めてくる。あの感覚は、経験した人にしか分からないと思います。
音そのものは変わりません。ため息は今も聞こえます。
変わったのは、こちらの扱い方だけです。気持ちの共有を求めるのをやめたこと。イヤホンで音を差し替えたこと。安心できる場所を家の外の時間帯に見つけたこと。床に座って確かめたこと。
どれも、家族を変える方法ではありません。自分の受け取り方を変える方法です。相手を変えられないなら、そこしか手をつけられません。
もし今、家の中の音が全部自分への非難に聞こえているなら、あなたの感じ方がおかしいわけではありません。逃げ場のない場所に長くいると、誰でもそうなります。
一人で抱え続ける必要もありません。話せる相手や、相談できる場所を一つ持っておくだけでも、かなり違います。



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