小さく始めましょう、とよく言われます。私も何度も試しました。
長いあいだ、これは自分には効かない方法だと思っていました。
けれど最近になって、理由が違うと分かりました。効かなかったのではありません。私が、小さく始められていなかっただけです。
この記事では、試して駄目だったものと、実際に何年も続いているものを並べます。
小さく始められていませんでした
1部屋片付けたら、止まらなくなる
まずは机の上だけ、と決めて始めます。ところが手が止まりません。
気がつくと部屋中を掃除しています。それが何日か続いて、力尽きて、また散らかります。
小さく始めたつもりが、結局いつもの極端なやり方に戻っていました。
5分のつもりが、1時間早く起きる
早起きも同じでした。
5分だけ早く起きよう、と決めます。けれど翌日には、もっと早く起きたほうがいいのではないかと思い始めます。そして1時間早く起きます。
当然、日中に眠くなります。そして続きません。
私に足りなかったのは意志ではなく、小さいままで止めておく力のほうでした。
他にも駄目だったもの
ついでに書いておきます。
気にしない、気にしない、と自分に言い聞かせる方法。これは逆効果でした。気にしないと唱えるには、まず気にしていることを思い出す必要があるからです。
集中して歩く方法も駄目でした。集中しようとすると、自分の動きを監視することになります。見られている感覚は消えません。
朝、床にひざをついて太陽にお辞儀をする習慣も作りましたが、手間がかかりすぎて続きませんでした。
それでも、続いているもの
紙に書き出す
不安を紙に書き出す方法は、効きました。
面白い現象があります。まだ自分でも口に出せていない心の声を書こうとすると、指が止まるのです。
止まった場所が、一番触れたくないところです。だから、そこを書き出す練習を繰り返しています。
頭の中にあるうちは、どこが痛いのか分かりません。書こうとして初めて分かります。
今日良かったことを、10個
これは5年以上続いています。毎日です。
よくある記事には3つと書いてあります。私は10個にしています。3つだと、大きい出来事しか拾えません。10個にすると、どうしても小さいものを探すことになります。
そしてこれが、思わぬところに効きました。
私はもともと、かなり批判的な人間です。ネガティブで、そのせいで人間関係をずいぶん失ってきました。
ところが、良いところを探す作業を5年もやっていると、癖になります。今はどれだけネガティブな人が現れても、その人の長所や才能が自然と見えるようになりました。相手が言った否定的な言葉を、頭の中で別の言い方に変換することもできます。
自分を励ますためにやっていたはずが、人の見方が変わっていました。これは想定していませんでした。
歩きながら、聞き流す
ウォーキング中に、哲学や心理学のチャンネルを再生リストにして聞き流しています。
意識して勉強しているわけではありません。ただ流しているだけです。
それでも、気がつくと1,000本を超えるような数を聞き終わっていました。このジャンルはもう十分だな、と思える量まで来ています。
机に向かって勉強しようとすると続きません。歩くほうは続くので、そちらに乗せました。
考えが出てくる場所は、決まっています
これも長く観察して分かったことです。
アイデアや考え方が出てくるのは、歩いているときと、風呂に入っているときです。
逆に、さて今から何か考えて書くぞ、と構えたときには何も出てきません。一度も出てきたことがありません。
お酒を飲みながら動画を見ているときにも、まったく違う角度から何か浮かぶことがあります。そういうときは、すぐにメモを取ります。
こうして少しずつ書き溜めておくと、何枚もの紙になります。それがそのまま材料の置き場になります。積み重ねは大きいです。
5年寝かせたものが、動き出しました
Pythonというプログラムの言語があります。
これをやったほうがいい、と気づいたのは5年以上前です。それから長いあいだ、できませんでした。
難しいだろうと思って手が出ませんでした。本を買っても途中で挫折しました。何度もです。
途中で、一気に勉強するのをやめました。ゲームのような感覚で触れるアプリを入れてみたり、しばらく寝かせてみたりしました。
そしてAIが出てきて、ようやく動き出しました。
ここで大事だったのは、必要だという思考回路を消さずに持ち続けていたことです。忘れていたら、AIが出てきても何も始まりませんでした。
できないからといって、やりたい気持ちまで捨てなくていいのだと思います。寝かせておけば、条件が変わったときに動き出します。
1日5分だけ、先を想像します
私には、かなり無謀な望みがあります。スカイダイビングをしたい。海外に移住したい。
どれも一気にできるものではありません。時間がかかります。
だから、1日に1回でいいので、そうなっている自分を5分だけ想像します。信じる時間を作る、という感じです。
不思議なもので、これをやっていると意識と体がそちらを向きます。そして、思ってもいなかったところからきっかけが来ることがあります。
実際、東京に行った話も、飲み会に行った話も、自分から探しに行ったものではありませんでした。向いていたから、来たときに受け取れたのだと思っています。
一番変わったのは、相談を受け付けた日
これまでで一番大きく変わったのは、チャットで人生相談を受け付けるようにしたことです。
対人恐怖で苦しんできた人間がやることではありません。自分でもそう思います。
ただ、そのときに考え方を変えました。
恐怖で動かないくらいなら、動いて失敗して、そのあとで恐怖に陥ってもいいじゃないか。順番はどちらでもいい。
あれこれ考えて避けるのをやめて、まず動く。このスタイルに変われたのが、一番大きい変化でした。
効いたものに、共通していたこと
並べてみると、傾向がはっきりしています。
すでにやっている動作に乗せたものは続いています。歩きながら聞く、風呂で考える、といったものです。新しく時間を作ろうとしたものは、だいたい消えました。
感情に直接働きかけようとしたものは、効きませんでした。気にしない、と唱えるのが典型です。逆に、意識を別の場所に逃がすものは効きました。
そして、すぐに結果が出ないものほど残っています。10個書くのは5年、Pythonは5年寝かせました。効果が出るまでの時間が長いものほど、途中でやめた人が少ないぶん、差がつきます。
おわりに
小さく始めましょう、という言葉は正しいです。
ただ、私のように小さいままで止められない人間がいます。その場合に必要なのは、やる気ではなく、やりすぎを止める仕組みのほうです。
10個書く、5分だけ想像する、歩きながら聞く。どれも、上限が決まっているか、他の動作にくっついているものです。だから続いています。
今日できたことを10個、まだ続けています。今日の分も、あとで書きます。


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