長いあいだ、全部自分のせいだと思っていました。
そこから、親のせいだと分かる時期が来ました。楽になると思っていました。
実際には、苦しさは倍になりました。
この記事では、自分を責める場所から親を責める場所へ移り、そしてそこからどこへ行ったのかを書きます。
全部、自分がまいた種だと思っていました
見向きもされない家と、外で暴れる私
子どもの頃の話からします。
家では、かまってもらえませんでした。愛情が足りているとは思えませんでしたし、暴言や暴力もたびたびありました。見向きもされませんでした。
その反動が、外に出ました。
注目されたくて、暴れ回っていました。友達を叩きました。暴力で関係をコントロールしていました。奇声を上げて授業を妨害しました。
とにかく問題児でした。今思えば、発達の特性も影響していたと思います。
車で連れて行かれた日
中学生のときです。学校からの帰り道に、父がいきなり車で迎えに来ました。
そのまま、心の状態を調べるような場所へ連れて行かれました。何の説明もありませんでした。
あれは、こたえました。
因果応報だと考えました
そして私は、こう考えるようになりました。
家族に対しては、やれることを全部やってきた。天使のような子どもだった。それなのに、なぜ神様はこんな罰を与えるのか。
そう思った次の瞬間に、答えを自分で出してしまいました。
たとえ親のせいで問題行動を起こしたのだとしても、実際に友達を傷つけたのは私だ。あれは私がまいた種だ。
だから、その種が花を咲かせているだけなのだ、と。
引きこもりになったことも、対人恐怖になったことも、お酒のことも、気分の波のことも。これから起きることまで全部、自分がまいた種の結果だと考えました。
心を壊して引きこもることを、自分が望んでいたのだ。そこまで考えて、全部を自分のせいにしていました。
なんで自分ばっかり、が湧いてきた日
頭の中で、謝りに行きました
そこから、自分を癒す作業を始めました。
子どもの頃の自分を頭の中に呼び出して、話しかける。今の自分と当時の自分が2人そろって、傷つけてしまった友達のところへ謝りに行く。そういう場面を、何度も頭の中で作りました。
真剣にやっていました。それしか方法を知りませんでした。
そこで、別の感情が出てきました
ところが、繰り返しているうちに、別のものが湧いてきました。
なんで自分ばっかりなんだ。
ふつふつと出てきました。謝り続ける自分に、耐えられなくなったのだと思います。
そこから、愛着障害や心理学に本格的に興味を持つようになりました。
あからさまな父と、笑顔の母
父は、恨み続けてきました
父については、分かりやすかったです。
あからさまでしたから、あの人が悪いのだと、恨みに恨み続けてきました。
片方だけが問題、ということはありえない
あるとき、視点を切り替えました。
母は、笑顔が絶えない優しい母親です。だから長いあいだ、問題の外側にいる人だと思っていました。
けれど、こう考えました。夫婦2人がそろっていて、子どもが生まれて、そこに家庭がある。その状況で、片方だけが問題だということは、まずありえないのではないか。
あの優しさの正体
そう思って見直すと、違うものが見えてきました。
あの優しさは、事なかれ主義だったのではないか。深いところに入り込みたくないだけだったのではないか。良い母親を演じていただけで、主体性はゼロだったのではないか。
思い返すと、家族旅行の思い出がまったくありません。
そして何より、暴言や暴力があったとき、母は何も止めませんでした。あのとき、あの人の心の中では何が起きていたのか。
きっかけは1冊の本でした
この見方に行き着いたきっかけは、愛着障害について書かれた本でした。
表紙に、母親が子どもを抱っこしている絵が描いてあるものです。
親のせいだと分かって、苦しさは倍になりました
2人とも敵に見えました
親のせいだと思えば楽になる。そう聞きます。私の場合は逆でした。
苦しさと怒りが、倍になりました。
それまでは父1人が相手でした。そこに母が加わって、2人とも敵になりました。
さらに考えが進みます。母のほうが本当の加害者で、父は表で踊らされていただけの被害者だったのではないか。悪役を演じさせられていただけなのではないか。
振り出しに戻った感覚
ここまで掘り下げて、ようやく片付いてきたと思っていました。
それが、どんでん返しでひっくり返りました。本当の原因はこちらだったのではないか、と。
振り出しに戻った感覚です。そこからまた掘り下げていく作業は、本当に大変でした。
親のせいだと思うと楽になる。この言葉は半分正しいです。ただ、その先にもう1つ穴があります。
遡っていくと、誰も責められなくなります
祖父母の育て方があります
今のところ、私がたどり着いた場所を書きます。
親がやってきたことの事実は変わりません。そこは動きません。
ただ、なぜあの人たちがそうなったのかを考えると、その上に祖父母の育て方があります。
その先をたどると、生き物の話になります
では祖父母は、と考えると、さらにその上があります。
遡っていくと、どこまでも続きます。最後には、海から陸へ上がろうとした生き物を責めることになります。
そこまで行くと、もう責める相手がいません。
誰も敵ではありません。誰も責められるべきではありませんし、そもそも責めることができません。
そして当然、私自身も責められるべきではありません。
今は、親のせいだけど自分が引き受けます
事実は変わりません
今の私の立場は、こうです。
原因は親にある。けれど、解決するのは自分だ。
親のせいにするのをやめたわけではありません。今でも完全に拭えてはいません。ただ、責めることに使っていた力を、生きやすくするほうへ向けるようにしています。
22歳で引きこもって、20代の半ばから後半にかけて、ようやく親の原因と自分の原因を分けられるようになってきました。10年近くかかっています。
回路は、分厚いままです
正直に書いておきます。
何も考えていないとき、頭は勝手に過去へ戻ります。長年そこで苦しんできたので、その通り道が太くなってしまっているのです。
今もすぐに思い出します。消えていません。
ただ、思い出すたびに向きを変える。その繰り返しが、別の通り道を作っていくのだと思っています。
すぐには変わりません。忍耐と継続の話です。
おわりに
生きづらさは親のせいだと思うと楽になる。この記事の題のとおりです。
全部自分のせいだと思っている人が、そうではないと知ることには意味があります。私もそこで一度救われました。
ただ、そこは通過点です。
私はそこに留まって、苦しさを倍にしました。責める相手が増えただけでした。
もし今、自分を責め続けているなら、まずは親のせいだと思ってみてください。そのほうが軽くなります。
そして、そこで止まらなくても大丈夫です。その先には、誰も責めなくていい場所があります。
私はまだ、その場所と昔の通り道を行ったり来たりしています。それでも、行き先があると分かっているだけで、だいぶ違います。



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