人間関係に疲れた時のブログ活用法|心を回復させる書く習慣と発信の始め方

人間関係に疲れた時のブログ活用法|心を回復させる書く習慣と発信の始め方 人間関係

ブログを始めたのは、2年ほど前です。

ただ、始めようと思ってから実際に始めるまでに、6年か7年かかりました。

その期間、ずっと止まっていました。今でもはっきり覚えています。

この記事では、なぜ動けなかったのか、始めてから何が変わったのか、そして今どうやって続けているのかを書きます。

始めるまでに、6年か7年かかりました

きっかけはテレビでした

最初のきっかけは、テレビです。

ある実業家の方が若くして有名になって、テレビでアフィリエイトという言葉を何度も繰り返していました。それを見て、よく分からないまま、ブログというものをやってみようと思いました。

動機としては、まったく立派ではありません。稼げるらしい、という程度の理解です。

批判されたらどうしよう

ところが、そこから動けませんでした。

頭に浮かぶのは、こういうことばかりです。批判されたらどうしよう。間違った情報を出してしまったらどうしよう。

書く前から、読まれたあとのことを心配していました。まだ1文字も書いていないのにです。

その状態で、6年か7年が過ぎました。

今になって思うのは、あの年月は考えていた時間ではなく、ただ怖がっていた時間だった、ということです。

最初に書いたのは、家族のことでした

一番最初の記事が何だったかは、正確には覚えていません。ただ、家族のことを書いていたはずです。

そして今よりも、はるかに直接的でした。オブラートに包んでいません。かなりハードな内容だったと思います。

何年も溜めていたものが、最初に出たのだと思います。

書くようになって、変わったこと

頭がすっきりします

一番はっきりしているのは、これです。書くと頭がすっきりします。

頭の中に置いたままだと、同じことが何度も回り続けます。外に出すと、そこで止まります。

文章を組み立てられるようになりました

思わぬ副産物もありました。

書き方が上手になりました。展開を考えながら書けるようになりましたし、前置きを置くか、あえて置かないかを選べるようにもなりました。

表現の仕方や、漢字も覚えました。これは続けていなければ身につかなかったものです。

同じことを何度も書いている、と気づけます

そしてもう一つ、これが一番大きいかもしれません。

書きためていくと、自分が同じことや似たことを、繰り返し書いているのが見えてきます。

そこが、まだ解決できていないところです。引っかかったままのところです。

頭の中で考えているだけだと、これは絶対に分かりません。同じ考えが回っていても、回っていること自体に気づけないからです。

文章にして残しておくと、後から並べて見ることができます。あ、またこの話を書いている、と気づけます。

書くことは、気持ちを吐き出すためだけのものではありませんでした。自分の中で片付いていない場所を探す作業でもあります。

数字は、ほとんど見ていません

最初は嬉しかったです

閲覧数は、ほとんど確認していません。

いいねの通知が来たときに、それなりに必要とされている内容だったのかな、と確認する程度です。

最初の頃は嬉しかったです。反応があるだけで気持ちが動きました。

今は冷静になりました

今は、そこまでの喜びはありません。

数字が伸びたらどうなる、という妄想もしなくなりました。むしろ冷静になった、という感覚に近いです。

これは悪いことだとは思っていません。数字に気持ちを預けていると、伸びない日に続けられなくなります。

続けるためにやっていること

思いついたら、メモに一行

特別なことはしていません。

何か思ったら、すぐにメモへ一行だけ書いておきます。整えません。一覧にして並べておくだけです。

これがあると、書こうとしたときに何も浮かばない、ということが起きません。

頭が回りすぎているときこそ、1時間書きます

書く時間の作り方にも、決めていることがあります。

時間があるとき。ぐるぐる思考が止まらないとき。忙しくてあたふたして、気持ちがヒートアップしているとき。

そういうときに、あえて1時間ほど時間を作って、文字を書きます。メモを見返して、そこから思い出して書くこともあります。

落ち着いてから書くのではありません。落ち着かないときに書きます。書くことがリラックスも兼ねているからです。

調子のいい日に書こうとすると、書けない日が増えます。逆にしたほうが続きました。

「みんなそんなものだよ」は、私にとって合図です

人間関係の悩みを話したときに、みんなそんなものだよ、と返されることがあります。

この言葉で傷ついたか、と聞かれると、少し違います。

私にとってこれは、その人との付き合いをやめる合図になっています。

抽象的で、漠然としていて、ごまかすような言い方をする人。私の経験では、そういう人は努力もしませんし、目標も持っていません。

付き合っていても得るものがない。そう判断するための警報のようなものです。

冷たく聞こえるかもしれません。ただ、限られた時間と体力で生きていると、誰と関わるかを選ぶ必要が出てきます。

傷つくのではなく、線を引く。この言葉は、そのために使っています。

おわりに

始めるまでに6年か7年かかりました。批判が怖くて動けませんでした。

実際に始めてみると、批判はほとんど来ませんでした。あれだけ怖がっていたものは、ほとんど起きませんでした。

もし今、書こうかどうか迷っているなら、伝えたいことは1つです。

始める前から、読まれたあとの心配をしなくて大丈夫です。私はそれで7年を使いました。あの7年でどれだけ書けたかを考えると、もったいなかったと思います。

うまく書ける必要もありません。メモに一行から始められます。

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