高校生のとき、友達にナンパへ強制的に連れて行かれたことがあります。
その友達は見た目のいい男でした。私はそうではありません。
気がつくと、5人ほどの女性がその男の周りに集まっていました。私は一人、後ろを歩いていました。
そのうちの一人が、こちらに近づいてきて、こう言いました。
あなたも男前だよ。
そして、すぐにその男のところへ戻っていきました。
建前で傷ついた、2つの場面
「あなたも男前だよ」
あの人に悪気はありません。むしろ逆です。一人だけ外れている私を気の毒に思って、慰めようとしてくれたのだと思います。
ただ、言っていることと、やっていることが合っていませんでした。
本当にそう思っているなら、戻らなければいいのです。言葉だけ置いて、体は別の場所へ行く。あの数秒で、何も言われないより深く傷つきました。
優しさのつもりの言葉が、一番刺さることがあります。
恩師だと思っていた先生の顔
もう一つあります。
中学生の頃、私は問題児でした。その中で、一人の社会の先生が一生懸命に付き添ってくれました。あの人がいなければ、確実に悪いほうへ行っていたと思います。恩師だと思っていました。
大人になってから、地元の中学の部活の大会を見に行く機会がありました。そこにその先生がいたので、声をかけました。
元気か、と言ってくれました。うれしかったです。
そのあとに、仕事は何をしているのか、と聞かれました。
私は嘘をついて、バイトをしている、と答えました。
すると、こういう顔をされました。え、その年でまだバイト。
一瞬でした。それで全部分かりました。
この人も、結局は世間体を気にする普通の人だったのです。あれだけ私に付き合ってくれた人が、です。
恩師という枠が外れて、ただの人になりました。傷つきました。
本音を聞いて、初めて安心しました
父が泣いた日
反対の経験もあります。
父が弱っていた時期に、泣きながら話したことがありました。
本当は会社を継いでほしかった。なんで自分ばかりが悪者なんだ。そして、自分も自立できていないから、自立というものが分からないんだ。
この最後の一言が、一番大きかったです。
慰めではなく、事実が欲しかった
普通なら、父の弱音を聞かされたら気が重くなるはずです。
ところが私は、安心しました。
ずっと分からなかったことの答えが、そこにあったからです。なぜこの人は、自立しろと言いながら、その方法を教えてくれなかったのか。本人が分かっていなかったのです。
慰められて安心したのではありません。本当のことを知って安心しました。
私が欲しかったのは、優しい言葉ではなく、事実のほうでした。
「寂しい」と言われたときの、内訳
古い友人と酒を飲んでいたときに、ぽろっと言われたことがあります。東京に行かれたら寂しいな、と。
あれは本音でした。
ただ、正直に書くと、嬉しさよりも別の感情のほうが強かったです。
その前に、地元で何年か働いてからにしたら、と止められていたからです。あの助言の正体が、これだったのかと分かりました。
私のためではなく、自分が寂しいからだったのです。
本音を聞けたのは良いことです。それでも、やはり自己都合だったか、という残念さのほうが勝ちました。
本音が出れば必ず嬉しいわけではありません。中身によります。
今は、自分から無職と名乗っています
肩書きの浅さに気づいてから
仏教を学びました。哲学も心理学も、それなりに触れました。
その中で、肩書きというものがどれだけ浅いかが分かってきました。
そこで、あることを始めました。
人に職業を聞かれたら、無職です、と答えます。仮にきちんと働いていたとしても、そう言います。
態度を変えない人だけが残ります
すると、はっきり分かれます。
その一言で態度が変わる人がいます。声の高さが変わる。目の合わせ方が変わる。話が早く終わる。
逆に、何も変わらない人がいます。そのまま同じ温度で話を続けます。
私は、この反応を判断の材料にしています。変わらない人には深みがあります。
これは意地悪をしているつもりではありません。自分から一番低いところに立ってみて、相手がどこを見ているかを確かめているだけです。
中学の先生のことも、あの場でこう名乗っていれば、もっと早く分かったのかもしれません。
不器用な本音と、器用な建前
私は以前、ブログで作った文章を父に見せたことがあります。父はとても喜んで、こう言いました。
お前はすごいな。そのために今まで苦しんできたんだな。
うれしい言葉です。同時に、刺さる言葉でもありました。
そのためにって、何のためだ。こんなに苦しんだのは、あなたたちのせいだ。そう言いたくなりました。
不器用な本音は、痛いです。器用な建前より、はるかに深く刺さります。
それでも、残っているのはこちらのほうです。
あなたも男前だよ、という言葉は、何も残しませんでした。お前はすごいな、という言葉は、痛いまま残っています。
傷つかない言葉と、残る言葉は、たぶん両立しません。
おわりに
建前が好きか、本音が好きか。私は、はっきり本音のほうです。
ただ、本音なら何でもいいわけではありませんでした。中身が自己都合なら、聞かされたほうが疲れます。
私が欲しかったのは、優しくされることではなく、本当のことを知ることでした。分からないまま優しくされるほうが、よほど苦しいです。
もし相手の本心が見えなくて困っているなら、一度、自分を低く名乗ってみてください。
無職です、と言ってみる。それだけで、その人がこちらの何を見ているかが分かります。

