「もうやめときなよ」と言われても諦めない方法|応援されたことが一度もない私の話

「もうやめときなよ」と言われても諦めない方法|周囲の否定を自分の力に変えるコツ 人間関係

やめときなよ、と言われた経験は何度もあります。

その一方で、応援された経験は、正直に言って一度もありません。

だから強くなれた、という話ではありません。単純に、生きていくことがしんどいです。

この記事では、実際に何を言われてきたのか、そして一度もやめなかった代わりに何を失ってきたのかを書きます。

やめときなよ、と言われた4つの場面

父「だめだ。弟の面倒を一緒に見てほしい」

就職活動のときです。東京に住みたい、東京で働きたい、と父に言いました。

返ってきたのは、だめだ、という言葉でした。理由は、弟の面倒を一緒に見てほしいから。

私の家には、世話の必要な弟がいました。だから、その言葉には実際の事情がありました。

それでも、自分の進路を家庭の事情だけで閉じられるのは、こたえます。反論もできません。正しいことを言われているからです。

友人「寂しいから、地元で何年か働いてからにしたら」

小学校からの古い友人がいます。私がよく人生相談に乗っている相手です。

その人に、東京で働こうかな、という話をしました。すると、寂しいから、まず地元で何年か働いてからにしたら、と止められました。

あとで分かりました。2人で酒を飲んでいたとき、ぽろっとこう言ったのです。東京に行かれたら寂しいな、と。

あれが本音でした。私のためのアドバイスではなく、その人自身の寂しさの話だったのです。

悪い人ではありません。ただ、言葉の形をしていても、中身が自分のことである場合があります。

支援の窓口「ステップが飛びすぎている」

若い人の就労を支援する公的な窓口に通っていた時期があります。

そこで、心理カウンセラーになりたい、プログラマーになりたい、という話をしました。

返ってきたのは、こういう言葉でした。まずはアルバイトからしたらどうだ。ステップが飛びすぎている。今はやめたほうがいい。

夢の話を、そのまま拒絶されました。

そこから会話が続かなくなり、行かなくなり、通うのをやめました。

そして今、私はブログを書いていますし、プログラムも作っています。あのとき飛びすぎていると言われたことを、結局やっています。

親戚「そんなの無理。もっと小さい会社にしなさい」

東京に就職活動へ行ったとき、親戚の家に招かれました。20歳ほど年上の女性です。

感情表現が豊かな人で、それまでは、すごいね、かっこいいね、とよく言ってくれていました。

その人に、ある会社を受けたいという話をしました。

返事は一瞬でした。そんなの無理。もっと小さい会社にしなさい。

内側はかなり冷たい現実主義の人でした。これまでのすごいねは何だったのか、と思いました。あれが一番傷ついたかもしれません。

応援という名前の、別のもの

早く来い、と言ってくれる友人

東京に住んでいる別の友人がいます。

その人は、早く東京に来い、遊びに来るだけでも一度は来い、と言ってくれます。言葉だけ見れば応援です。

ただ、話の流れを見ていると、自分が東京で昔からの友達と遊びたいから、というところがかなり強いのです。

不安を言うと、余裕だって、で終わる

それがはっきりしたのは、私が弱みを見せたときでした。

自分がやっていけるか不安だ、と正直に言いました。

返ってきたのは、余裕だって、の一言でした。具体的な助言もなく、話を聞こうともしませんでした。

そのときに、これは応援ではないと分かりました。一時期、距離を取りました。

止めてくる言葉も、背中を押す言葉も、中身が相手のものであることがあります。形だけでは区別がつきません。区別がつくのは、こちらが弱みを見せたときです。

やめたことは、一度もありません

代わりに、関係を切ってきました

やめときなよ、と言われてやめたものは1つもありません。折れたことがありません。

ただ、それを強さとして書く気にはなれません。代わりに失ったものがあるからです。

止められるたびに、私はその人との関係を切ってきました。

昔は10人ほど友達がいました。今は2人です。残りは、そうやって絶縁していきました。

自分と仲良くする人はおかしい、と思っていました

もう一つ、当時の自分の考えを書いておきます。あまり良い話ではありません。

私はこう思っていました。引きこもっている自分と仲良くしている人間は、どこかおかしい。

相手は働いている人たちです。昔からの友達です。それなのに、こんな状態の自分と付き合っている。それ自体が変だ、と。

だから切りました。反対されたからだけではありません。自分を低く見ていたぶん、自分に近づいてくる人まで低く見ていたのです。

今振り返ると、そこで切らなくてよかった人もいたと思います。

大きい夢は、誰にも言っていません

チャンネルの名前も教えていません

今やっていることのうち、動画のチャンネルの名前は誰にも伝えていません。

親しい人に見られると、馬鹿にされるか、評価されるかのどちらかです。それに、あそこには自分の内側がそのまま出ています。だから家族にも何も見せていませんし、教えてもいません。

夢を潰す人に、出会いやすいから

やってみたいことは、他にもたくさんあります。音楽も作りたいですし、アプリも作りたいです。もっと大きな規模のことも考えています。

ただ、こういう大きすぎる話ほど、潰しにくる人に出会いやすいです。

だから内側に秘めています。ブログの下書きの中には、いくつか書いてあります。誰にも見せていないだけです。

言わないことは、逃げではないと思っています。育つ前の芽を、踏まれない場所に置いているだけです。

昔は、引きこもりキャラで笑いを取っていました

友達によく馬鹿にされていた時期があります。早く働け、と言われていました。

そのとき私がやっていたのは、あえて引きこもりキャラを演じて、笑いを取ってごまかすことでした。

そうすれば、その場は終わります。傷ついた顔をしなくて済みます。

家では、資格の勉強を一生懸命やっていました。誰にも言わずにです。

笑われている自分と、家で勉強している自分は別でした。けれど、そのことを誰も知りません。私が言わなかったからです。

おわりに

やめときなよ、と言われたら、それはあなたを心配している証拠です。よくそう書かれています。

私の経験から言うと、そうとは限りません。その人自身の寂しさや、その人自身の恐れが出ていることのほうが多かったです。

見分け方は1つだけ知っています。こちらが弱みを見せたときの反応です。

そこで話を聞こうとする人は本物です。余裕だって、で済ませる人はそうではありません。無理だ、と即答する人もそうです。

そして、応援してくれる人が誰もいない場合もあります。私がそうです。

その場合でも、やめなくていいと思っています。ただ、私のように全部切ってしまうのは、おすすめしません。距離を取るだけで足りることが、かなりあります。

10人いた友達は、2人になりました。この数字だけは、もう少しうまくやれたと思っています。

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