短所を長所に変えましょう、とよく言われます。
私の場合、それは半分だけ当たっていました。
短所だと思っていたものが、場所を変えたら役に立ったことがあります。その一方で、長所のつもりで使っていたものが、自分の首を絞めていたこともありました。
この記事では、その両方を書きます。
私が短所だと思っているもの
あれもこれも抱えすぎる
注意散漫だ、とずっと思っていました。ただ、最近は少し違う言い方をしています。
抱えすぎる、のほうが正確です。
すぐ始めてすぐやめるタイプではありません。次々に手を出すのですが、始めたものを全部そのまま維持します。だから減りません。
資格の勉強を5つも6つも同時に進めていた時期がありました。今月に試験が2回あって、来月には別の資格の試験がある。そういう状態を何年も続けていました。
これは、かなりしんどいです。
粗末に扱われると、強い怒りが出る
もう1つは、扱いが雑だと感じたときに、強い怒りが湧くことです。
自分でも、出方が大きいと思っています。
世間一般の場で、人とやっていけない
そして、仕事のような場で人と並んでやっていくことが苦手です。これが一番はっきりした短所です。
学生の頃から人間関係はうまくいっていませんでした。家の中の関係も健全ではありませんでした。
場所が変わって、役に立ったもの
人と関われなかったから、一人で考える時間が長かった
人とうまくやれなかったぶん、私は一人で過ごす時間が長くなりました。
その時間で何をしていたかというと、考えていました。独特な考え方や、思いつきや、妄想に近いものまで含めてです。
それが今、文章を書くときの材料になっています。
人と関わっていたら、そこまで一人で考える時間はなかったと思います。短所がそのまま材料になった形です。
抱えすぎるから、知識が球のようにつながった
抱えすぎる性質にも、思わぬ効果がありました。
あちこちに手を出して、しかも全部維持しているので、知識が広い範囲に散らばります。
そして年月が経つと、その点と点がつながり始めます。ばらばらだったものが、球のような形にまとまっていく感覚があります。
あれも知っている、これも知っている、という状態になります。1つを深く掘る人には出せない形です。
苦しさは変わりません。ただ、無駄ではありませんでした。
笑わせる技術は、無理やり身につけたものでした
学生の頃、私は人間関係が苦手でした。
そこで取った方法が、お笑いの立場に立つことです。とにかく笑わせる。その役をやっていれば、その場にいられます。
正直、しんどかったです。無理にやっていました。
ただ、そのために笑いの勉強もよくやりました。なぜあの人は面白いのか。どういう順番で話すと受けるのか。かなり研究しました。
結果として、なんでそんなに面白いのか、と言われる程度にはなりました。これは役に立ちました。
ちなみに、お笑いを仕事にしている人にも、一般の社会ではうまくやれなかった人が多いと聞きます。同じ道筋なのだと思います。
長所のつもりで、自分の首を絞めたもの
資格を使わなければ、と思い込みました
ここからが本題です。
資格をたくさん取ったことは、長所のつもりでした。努力の証拠だと思っていました。
ところが、取ってしまうと今度はこう考えます。せっかく取ったのだから、これを使って働かなければいけない。
これが自分の首を絞めました。
そもそも社会に出られない状態なのに、立派な資格だけがあります。その資格を活かす道を探して、業界の研究に時間を使いました。
頑張って取ったのだから、という気持ちが、逃げ道を全部ふさぎました。
持っているものが多いほど自由になるかというと、そうではありませんでした。持っているぶんだけ、そこに縛られました。
笑いで乗り切る技術が、1対1を壊しました
もう1つあります。こちらのほうが根が深いです。
集団の中で笑わせる技術を身につけた結果、私は集団のほうが楽になりました。
そして、1対1ができなくなりました。
2人きりになると、何を話していいか分かりません。笑わせる相手が一人しかいない場面では、あの技術が使えないのです。
身につけた長所が、そのまま別の短所を作りました。
これは、あとから気づきました。良いものを手に入れたつもりでいると、その裏側で何が起きているかは見えません。
2つの特性が、体の中でぶつかります
とことん追求する性質と、次々に移る性質
私には、自閉症スペクトラムとADHDの傾向があります。
この2つは、実は逆を向いています。
気に入ったことをとことん追求する性質と、興味が次々に移って衝動的に手を出す性質。この2つが同じ体の中にあります。
だから、ぶつかります。深く掘りたいのに、別のものが気になる。気になるのに、今のものを手放せない。結果として、全部抱えたまま消耗します。
抱えすぎる、という短所の正体はこれです。
同じ矛盾を抱えている人がいると知って
救いになったことがあります。
よく知られている人の中にも、同じような特性を持っていると語っている人がいます。そして、その苦しさをそのまま力に変えています。
自分だけが苦しんでいるわけではない。そう思えたとき、かなり楽になりました。安心と、少しの勇気をもらいました。
短所と長所は、別のものではありません
ここまで書いてきて、はっきりしたことがあります。
短所と長所は、別々に存在しているものではありません。同じ1つの性質が、場所によってどちらにも見えるだけです。
抱えすぎる性質は、仕事の場では迷惑です。書く場では材料になります。
笑わせる技術は、集団では強みです。2人きりでは使えません。
だから、短所を直そうとするより、その性質がどこでなら役に立つのかを探すほうが早いです。私の場合、探した結果が、一人で書くことでした。
おわりに
1つだけ、気をつけてほしいことがあります。
長所だと思って身につけたものも、必ず裏側を持っています。資格を取れば、それに縛られます。集団で立ち回る技術を覚えれば、1対1が遠くなります。
だから、これは自分の強みだ、と決めたあとにも、時々確かめてみてください。それで今、何かを失っていないかどうか。
短所を捨てる必要はありません。長所を疑わない必要も、たぶんありません。


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