引きこもっていた後半のことです。飛行機に乗って、2泊3日で東京に行きました。
それまでの私は、家にあるいらないものを売って、お金ができたら、またすぐ別の物に買い換えていました。物から物へ、ずっとその繰り返しです。
あの3日間で、体験にお金を使うことの意味が、ようやく身に染みました。
この記事では、そのとき何が起きたのかを書きます。後半では、もっと小さな買い物の話も書きます。
物にばかり、お金を使っていました
お金の作り方は決まっていました。家の中の、自分が使わなくなったものを売ります。
そして手元にお金ができると、すぐに別の物を買っていました。
手元に形が残るほうが安心だったのだと思います。使ってしまえば消えるものに払うのは、損をしている気がしていました。
急に、東京に誘われました
昔から憧れていた場所
古い友人に、昔から東京に憧れている、という話をしたことがありました。
するとある日、飛行機で東京に行こう、と誘われました。2泊3日です。急な話でした。
何も考えずに、行くと返事をしました
普段の私なら、必ず考え込みます。お金のこと、人混みのこと、体力のこと。考え始めると必ず行かない理由が見つかります。
あのときは、何も考えませんでした。勇気を出して、行く、と返事をしました。
今振り返っても、あの返事が全部の入口でした。
空港の受話器を取るところから始まりました
電話をすると、車が来ます
空港に着いて、最初にやったことを覚えています。
窓口に置いてある自動車メーカーの受話器を取って、電話をかけます。するとハイエースのような車がやって来て、レンタカーの営業所まで連れて行ってくれます。
そこで車を借りました。
自分の車がなくても、東京は回れました
私には自分の車がありません。車のない世界で生きてきました。
それなのに、お金を出してサービスと交換するだけで、何不自由なく東京を回れてしまいました。
当たり前のことかもしれません。けれど私には衝撃でした。
自立している人と、同じことができました
あのとき感じたのは、これは自立している人がやっていることと同じだ、ということです。
自分で手続きをして、自分で移動して、自分で泊まる場所を決めて、それが全部うまくいった。
長く家にいると、自分には何もできないという感覚が固まっていきます。あの3日間は、その感覚に真正面からぶつかるものでした。自己肯定感が、はっきり上がりました。
六本木のホテルから、東京タワーが見えました
泊まる場所は、東京タワーが見える六本木にしました。
朝起きて窓の外を見ると、そこに東京タワーがあります。
あの数日間だけは、東京に住んでいる人になれた気がしました。移住の疑似体験のようなものです。憧れていた場所の中に、自分が立っていました。
90分で着いてしまいました
夜行バスなら8時間半
飛行機に乗ったこと自体も、大きな体験でした。
普通に考えれば、夜行バスです。8時間半ほど、座席で耐えることになります。
そこに少しだけ多くお金を払うと、90分ほどで着いてしまいました。
世界は、思っていたより狭かった
着いた瞬間に思ったことがあります。世界は、意外と狭い。
ずっと遠い場所だと思っていました。自分には縁のない場所だと思っていました。それが、たった90分です。
正直、ショックでした。行けない場所だと思い込んでいただけだったのです。
距離の問題ではありませんでした。
カウンターだけのバーで飲んだ夜
同じ酒なのに、味が違いました
別の友人が、夜に店へ連れて行ってくれました。
カウンターだけの、大人が通うような落ち着いた店です。ご馳走になりました。
そこで気づいたことがあります。飲む場所が違うだけで、酒の味がまったく違うのです。
心が満たされていると、追加の酒がいらない
もっと驚いたのは、そのあとでした。
悪酔いを一切しませんでした。そして帰ってから、追加で飲むこともありませんでした。
私にとって、これは大きな発見でした。
普段は、家で飲み続けます。何かを埋めるために飲んでいます。ところがあの日は、その衝動そのものが湧いてきませんでした。
充実感があって、新しい体験で心が満たされていると、酒で埋める必要がなくなる。理屈では知っていましたが、体で確認したのはあの夜が初めてでした。
ここからは、小さい話です
2,000円のシャープペンシル
東京のような体験は、そう何度もできません。もっと小さな買い物の話もします。
私は文章を書くのが好きで、ペンを大量に消費していた時期があります。安いものをたくさん集めて、次々に使い切っていました。
それをやめて、2,000円以上する気に入ったシャープペンシルを1本だけ買いました。そして、それを徹底的に使い込むことにしました。
これは良い買い物でした。
理由がはっきりしています。買った直後の嬉しさは、どんな物でもいずれ消えます。けれどあのシャープペンシルは、これがないと生活が成り立たないレベルの道具です。嬉しさが消えたあとも、無意識に使い続けることになります。
買った喜びが消えたあとも使うものかどうか。これが、私の中での基準になりました。
目薬を5つまとめて買った日
お金がなかった時期に、目薬をまとめて5つ買ったことがあります。
その瞬間は、一気にお金が減りました。痛い出費です。
ただ、あとから考えると助かりました。1つずつ買っていたら、手元にお金が残っているあいだに、まだ何か買えると思って無駄遣いをしていたと思います。
必ず使うものなら、先にまとめて買ってしまう。そうすると、余ったお金で迷う時間がなくなります。
物を減らすのは、判断力を守るためです
私が物を増やしたくないのは、お金の問題だけではありません。
物が多いと、判断することが増えます。目に入るたびに、脳が少しずつ力を使います。その分だけ、他のことに使える力が減ります。
だから減らします。脳の力を、物に奪われたくないのです。
おわりに
中学生の頃は、山登りが好きでした。引きこもってからは、一度も行っていません。
それでも、あの東京の3日間は残っています。物は売ってしまえば消えますが、空港で受話器を取った場面も、窓から見えた東京タワーも、バーで酒の味が違ったことも、今もそのまま残っています。
大きな金額を使えという話ではありません。お金の行き先を、少しだけ変えてみるという話です。
買った喜びが消えたあとも残るもの。私が選ぶ基準は、今はそれだけです。

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