朝の自己否定が止まらない人へ|太陽にひざまずく習慣で心が静かになる

朝の自己否定が止まらない人へ|太陽にひざまずく習慣で心が静かになる メンタルヘルス

最初は、ひざまずいていました。

朝、床にひざをついて、おでこを地面に近づけて、太陽に深々とお辞儀をする。そして小さな声でつぶやきます。今日も生きていることを感謝します、と。

今はやっていません。続かないと思ったからです。

今やっているのは、窓を開けて太陽を見ながら深呼吸をするだけです。この記事では、そこに至るまでと、実際に何が変わったかを書きます。

最初は、額を地面に近づけていました

深々とお辞儀をしていた頃

始めたのは、二階の自分の部屋に移ってからです。二十代の半ばだったと思います。

やり方は、今思えば大げさでした。床にひざをつき、両手をつき、おでこを地面に近づけて、太陽に向かって深くお辞儀をする。そして感謝の言葉を口に出す。

気持ちとしては本気でした。その日を始める前に、一度自分を低いところに置きたかったのだと思います。

形を平らにしました

ただ、途中でこう思いました。これは長くは続かない、と。

手間がかかるものは、調子の悪い日にできません。そして調子の悪い日こそ、本当は必要なのです。

だから形を平らにしました。ひざもつかない、頭も下げない。窓を開けて、太陽を見ながら深呼吸をする。それだけにしました。

結果として、今も続いています。続けるために簡単にした、というだけの話ですが、これは大事な判断だったと思っています。

今やっていること

体調が悪い日でも、一瞬だけ窓を開ける

体調が悪くて起き上がれない日もあります。そういう日は外には出ません。

それでも、窓だけは開けます。暑くても寒くても、ほんの一瞬でいいので開けます。

部屋の空気を入れ替えるという意味もありますし、気持ちを入れ替えるという意味もあります。閉め切ったままの部屋で一日を始めると、昨日の続きがそのまま続いてしまう感じがするのです。

雨の日はストレッチだけ

普段は、太陽を浴びながらストレッチもしています。

雨の日は仕方がありません。太陽がないので、ストレッチだけにしています。

やめてしまうのではなく、できるところだけ残す。これも続けるためのやり方です。

歩きながら、太陽を見ています

4時に目が覚めた日は、二度出ます

朝のウォーキングも続けています。

毎日4時に起きているわけではありません。7時や8時に目が覚める日もあって、その日はその時間にやります。

4時に目が覚めてしまった日は、まだ暗いうちに一度歩きに出ます。そして朝方になってからもう一度出て、そのときに昇ってきた太陽を見ます。

昇りはじめの太陽は、率直に言って神秘的です。あれを見るために二度目を歩いている部分もあります。

人と建物を、視界に入れません

このとき、意識してやっていることがあります。

身の回りの建物や、通っている人や、自分自身を、視界に入れないようにします。見るのは空と太陽だけです。

そして、地球全体や太陽や宇宙とつながっているイメージを持ちます。

なぜ、宇宙を思い浮かべるのか

自分から一瞬離れるための道具です

ここだけ読むと、精神世界の話に聞こえるかもしれません。目的を先に書いておきます。

自分のことに執着した悩みから、一瞬だけ離れるためです。

生きづらさの多くは、自分に対する評価から来ています。自分はこれができていない。自分はあの人より劣っている。頭の中で、自分の話ばかりが回っています。

そこに、自分よりずっと大きいものを置きます。すると、一瞬だけ自分の話が止まります。

止めるための道具として使っているだけです。信じているかどうかは、たぶん関係ありません。

乱れる場面で、客観的に見られるようになりました

効果として、はっきり感じているものが一つあります。

本来なら気持ちが乱れる場面で、自分を客観的に見られるようになりました。

感情がなくなったわけではありません。腹は立ちますし、落ち込みもします。ただ、その真っただ中にいる自分を、少し外から見ている感覚が持てるようになりました。

この癖は、毎朝の数分でついたものだと思っています。

眠気については、正直に書きます

16時間後にホルモンが出るという話

朝に光を浴びると、そこから十数時間後に眠くなるホルモンが出る。そういう情報をよく見かけます。

私の場合、そのとおりにはなりませんでした。

お酒で睡眠の質が落ちていた時期が長かったことと、発達障害の特性で過剰に目が冴えてしまうことがあるからだと思います。眠いという感覚そのものが、なかなか出てきません。

朝に光を浴びれば夜に眠れる、と期待して始めると、私のような人は裏切られます。そこは正直に書いておきます。

目がしょぼしょぼした、久しぶりの夜

ただ、まったく何もなかったわけではありません。

夜が遅くなってくると、目がしょぼしょぼする。そういう感覚が出た日がありました。

ずいぶん久しぶりのことでした。眠れるようになった、とまでは言えません。それでも、あの感覚が戻ってきたのは確かです。

おわりに

朝が来ることが重い、という日があります。まだ何も始まっていないのに、胸だけが重い。

私がやっているのは、窓を開けて、太陽を見て、息を吸って吐くことだけです。世界は変わりません。

それでも、その数十秒のあいだだけは、自分を裁く声が止まります。止まっている時間が一日のうちに少しでもあると、後が違ってきます。

最初はひざをついて頭を下げていました。今はそこまでやっていません。簡単にしたから、続いています。

もし試すなら、一番簡単な形から始めてください。窓を開けるだけでも構いません。雨なら、それすらしなくていいです。

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