食卓の変化から考える家族の幸せと自己犠牲の形
いくら貧相な生活をしていても、食事が充実していれば生活の満足度は向上する。
今日は家庭で囲む食卓の変化について論じていきたい。

幼少期の飽食から思春期の違和感、そして家族がたどり着いた「平等な質素」という答え。一人の犠牲の上に成り立つ幸せの脆さを紐解きます。
1. 充実の食卓
子供の頃は充実した食卓を囲んでいた。
成長期で食欲が爆発していたあの頃、大きな器に山盛り白米をよそって、3杯も4杯もおかわりしていた。
大好きな天ぷらや唐揚げ、茶碗蒸しやお好み焼き、焼肉や刺身など毎日の食事が楽しみだった。
2. 変化の食卓
思春期。環境の変化に敏感な年頃。
家庭の食卓の変化に薄々と気がつき始めた。
父親と子供たちの食事はいつも通りだが、母親の食事だけやけに少ない。
エビの天ぷらが1本少なかったり、唐揚げが2個ほど少なかったり。
メインディッシュを分け与えてくれる時もあった。
最初はダイエットしているのかとも思っていたが、その姿に愛情を感じていたと同時に、私の心には小さな罪悪感も生まれてきた。
3. 明らかな食卓
明らかにおかしい。母とそれ以外の家族の食事の質。
昼食にラーメンを食べる時、母以外はカモネギのラーメンなのに、母はチキンラーメンやおにぎり少々だけ。
晩御飯は1品必ず少ない。
- 父親の鈍感:日常の変化に気づかず、これまで通りの振る舞いを続ける。
- 母親の無理:自分の分を削りながらも、無理に明るく笑って振る舞う。
- 子供の察知:母親の異変を感じ、気を使って明るく会話を盛り上げようとする。
母親もどこか無理に明るく笑って振る舞っているような印象だ。
家庭内に漂う、不自然な「明るさ」が余計に心の距離を浮き彫りにしていた。
4. 定面られた食卓
さりげなく母親に聞いてみた。「お母さんだけ食事の質が下がってるけど、もしかしてお金に困っている?」
笑いながら母は言った。「あんたらが生まれる前から困ってる、でも食事だけはひもじい思いをして欲しくない。おいしいものを食べて楽しい食事をして少しでも幸せを感じて欲しかった」
私は自分の想いをぶつけた。
「1人だけひもじい食事をしているの見ながら、おいしい食事をする事は難しい。罪悪感が邪魔をする。お母さんの食事の質を上げるか、俺たちの食事の質を下げてバランスをとってほしい」
5. 整えられた食卓
食事は整えられた。家族全員質素な食事になった。
インスタントラーメンの時は、家族揃って玉ねぎやソーセージ、ネギなどを取り除いた、シンプルなラーメンになった。
おかずの量は平等にした結果、量は減ったが、白米でバランスを整えた。
| 項目 | 以前の食卓 | 整えられた後の食卓 |
|---|---|---|
| 分配方法 | 母が犠牲になり家族に分配 | 全員一律・平等な分配 |
| 心理状態 | 罪悪感と不自然な明るさ | 安心感と共有された苦楽 |
| 食事の内容 | 豪華(ただし格差あり) | 質素(全員で揃える) |
どこか安心感があり、気を使うことなく、平等に食す食卓を囲む。
苦しみも喜びもみんなで共有するから意味がある。
一人だけが犠牲を伴う幸せに永劫、本当の幸せは訪れないだろう。
「お金が全てじゃない」——私たちは、質素なラーメンの湯気の中に、本物の絆を見つけた。



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