「メイドインアビス」 グロいのに見てしまう理由|烈日の黄金郷の魅力とは
「メイドインアビス 烈日の黄金郷」は、グロテスクで過酷な描写が満載なのに、どうしても目をそらせない不思議な魅力を持ったアニメです。
切なさ、愛しさ、そして冒険心をくすぐる世界観に、私は心を奪われてしまいました。
今日はこの作品の感想を書いていきたいと思います!
それではまいりましょう♪
目次
グロくて見たくないのに見てしまう理由
不思議な世界観にひかれる気持ち
「メイドインアビス 烈日の黄金郷」は、確かに、目をそむけたくなるようなシーンは多くあります。
人が変わり果ててしまった姿や、臓器や血が露出する過激な演出、そして何よりも“弱い存在”が無力に命を落としていく描写は、観ていてつらいのに、見ていてつらいのに。
それでも、見てしまうのです。
なぜかというと、その痛々しさの奥に、言葉ではうまく説明できないような、吸い寄せられるような世界の深みがあるからです。
「烈日の黄金郷」で描かれるのは、アビスの六層、還らずの都。
その舞台は、かつての文明の痕跡が点在する“成れ果て村イルぶる”。
そこに暮らす“成れ果て”たちの姿は、人間であった頃の名残を感じさせながらも、もはや別の生き物。
見た目はおどろおどろしくも、どこか愛嬌があって、見れば見るほど気になってしまいます。
ファプタという少女のような成れ果ての存在は、可愛らしい容姿と裏腹に壮絶な運命を背負っており、そのギャップが強く印象に残ります。
そして、このシリーズが描く「かわいい」は、ただの萌えとは違います。
ナナチやファプタといった登場人物たちは、あどけない外見をしていますが、その内面には深い悲しみや葛藤があり、それが観る側の情緒を大きく揺さぶるのです。
この作品の魅力は、「かわいいキャラクターがひどい目にあう」という構図にとどまりません。
むしろ、かわいいからこそ、グロテスクな描写がより鮮明に浮かびあがり、そこに物語の重みと真実味が生まれているのです。
視覚的に強烈なだけでなく、精神的な痛みや愛情、そして切なさが交錯する世界観に、私はつい惹き込まれてしまいました。。。
神秘的な音楽と美術が心を奪う
「メイドインアビス 烈日の黄金郷」は、音楽と美術によっても、物語の魅力を何倍にも引き上げています。
音楽を担当するのは、ケビン・ペンキンという作曲家で、彼の奏でるBGMは、静かでありながら魂を揺さぶるような力を持っています。
イルぶるの村を歩くときに流れる旋律は、どこかノスタルジックで、昔の記憶を呼び覚ますような不思議な感覚を与えてくれますよね
美術面でも、この作品は群を抜いています。
アビスの深層へ進めば進むほど、背景は幻想的でありながらも現実離れしていて、観る側の感覚がふわりと浮かんでしまいそうになります。
遠近感がぼやけた描写や、色彩の濃淡が作り出す奥行きのある空間は、まるで夢の中に迷いこんでしまったかのようです。
イルぶるの内部は、まるで生きているかのように動き、変化し、呼吸をしているような表現がされていて、その異質さに圧倒されます
キャラクターの心情と映像がぴったりとリンクしている瞬間が多く、ヴエコの心の葛藤や、ファプタの怒りと哀しみが爆発する場面では、音楽と映像が一体となって感情を突き動かしてきます。
そのとき、ただ物語を「観ている」だけでなく、まるで自分がアビスに立って、彼女たちと同じ空気を吸っているような気持ちになります
このアニメのすごいところは、「目の前に宝物があるのに、それを取ることで何か大切なものを失ってしまう」ような、そんな危うさと魅力を同時に感じさせてくれる点にあると思います。
欲望や探究心といった人間の本能的な部分を、幻想的な世界の中で描いているからこそ、ただ美しいだけでは終わらない深い余韻が残るのだと感じました
ファプタの愛と痛みが胸をしめつける
戦う姿に宿る深い絆
ファプタは、自分の大切な仲間たちを守るために戦います。
その姿はまるで母のように強くて、同時にとても切なくて…。
守りたいと思う気持ちが強すぎて、逆に自分で壊してしまいそうになるファプタの姿には、深い母子の絆のようなものを感じました。
ファプタの登場は、「烈日の黄金郷」の物語の中でも象徴的な意味を持っています。
彼女はイルミューイという存在が変容した末に生まれた“願いの子”であり、「最後の子」でもあります。
イルミューイが失ってしまった子どもたちへの想いと、自分では果たせなかった復讐の願い。
その両方を一身に背負って生まれたのがファプタです。
そのため、彼女の存在で「母の痛み」から生まれた愛の化身であり、物語の核心を担う存在なのだと思いました。
彼女が成れ果て村・イルぶるに立ち向かう姿は、単なる戦闘シーンではなく、母の涙と怒り、そして深い哀しみが混ざった祈りのようでもありました。
「すべてを壊して終わらせる」という破壊の意志の奥底には、「本当は誰も傷つけたくなかった」「でも、それ以外に道がなかった」という複雑な想いが宿っていて、それが視聴者の胸をぎゅっと締めつけるのですよ
また、彼女が単独で戦っているように見えて、その根底には他者への想いが常にあります。
ファプタは孤独な存在ではありますが、けっして「一人でいい」と思っているわけではない。
むしろ、彼女ほど「繋がり」を強く望み、喪失を恐れる存在はいないのではないかと感じました。
だからこそ、彼女が戦う姿には、痛みと希望の両方が込められていて、その強さがとても人間的なのでした
ガブールンとの関係が泣ける
ファプタとガブールンの関係も、とても印象的でした。
ファプタは感情を持ち、ガブールンは理性を持っていて、お互いに足りないものを補い合いながら成長していく姿は、本当に心に残りました。
目の前で大切な存在を失うことで、ファプタは深い悲しみと憎しみにのまれていきますが、それでも最後には、愛を思い出して涙を流すのです
ガブールンは、成れ果て村の中でファプタに最も近い存在でした。
彼はロボットのような外見をしていますが、そこには確かに温かな心があり、ファプタに対して深い敬意と優しさを持って接していました。
ファプタにとっては、唯一無二の“話し相手”であり、心を許せる存在でもありました。
ガブールンは、彼女の破壊の欲望を理解しながらも、その痛みを和らげようとしていました。
彼の語り口はいつも穏やかで、ファプタが怒りや悲しみにまみれそうなときにも、そっと寄り添い続ける姿勢には、人間以上の思いやりを感じさせます。
そして、最も胸を打つのは、ガブールンがファプタを守るために自らを犠牲にする場面です。
彼は最後の瞬間まで、ファプタの“想い”を最優先にし、彼女の選択を尊重しました。
それが結果としてファプタに新たな感情を芽生えさせ、彼女自身が“怒りのままにすべてを壊す存在”から、“悲しみと愛を知る存在”へと変わっていくのです。
この変化は、物語の中でもとても重要な転換点であり、視聴者にも深い余韻を残しますよね
イルミューイとヴエコの関係が泣ける
イルミューイが望んだことと、実際に起こってしまったこととの間には、大きなギャップがありました。
卵を2つ持たされたことで、自分の本当の願いとはちがう道を歩まされてしまったのに、それでもみんなのことを思い続けたイルミューイ。
そんな彼女の気持ちは、もしかすると最初から「自己犠牲」を前提にしていたのかもしれません。
バケモノになった姿は見ていられないほどでしたが、それもまた彼女の愛のかたちなのでした。
イルミューイとヴエコの関係は、まさに“母と娘”のような絆でした。
イルミューイは、ヴエコによって“人間としての温もり”を取り戻し、ヴエコはイルミューイに“生きる意味”を見出していったのです。
過去のトラウマを背負い、自分の価値を見失っていたヴエコが、イルミューイを守るために命を賭ける姿には、言葉を超えた深い愛の結晶が込められていました。
しかし皮肉にも、その愛はイルミューイをより深い絶望へと導いてしまうことになります。
子どもを望んだ彼女は、アビスの呪いによって歪な形でその願いを叶えてしまい、最終的には“成れ果て村”という存在そのものになるのです。
そして、村の住人たちは、彼女の子どもを糧にして生きるという、残酷な循環の中に閉じ込められていきます
ヴエコはそんなイルミューイを最後まで「人間」として見ていた存在です。
どんな姿になっても、どれほど変容してしまっても、ヴエコだけは「イルミューイ」として彼女を愛し抜きました。
だからこそ、ヴエコの死は非常に重く、見ていてつらいのに。
そしてこのエピソードを経て、ファプタは初めて“母の心”を知るのです。
血でつながっていなくても、愛によって生まれる家族の形が、そこには確かに存在していました。
ヴエコの最期の言葉に涙
ヴエコは、イルミューイの母のような存在でした。
そのヴエコが、最期の瞬間に伝えた言葉は、ファプタの心を溶かしました。
「母からのメッセージ」を受け取ったような瞬間で、ファプタはようやく我を取り戻すのです。
母の涙と怒り、そして深い哀しみが混ざった祈りのようでもありました。
ヴエコの言葉――それは「あなたは生まれてきてよかった」という、たった一言のようでいて、すべてを包み込む愛の結晶でした。
イルミューイが願った復讐のために生まれ、存在意義を「破壊」に見出していたファプタにとって、その言葉は「愛される理由」を初めて与えてくれたものでした。
最期の瞬間、ヴエコはもう目も見えず、体もボロボロになっていましたが、イルミューイの声を感じ取り、涙を流します。
そして、ファプタの存在が「イルミューイの願いの形」であることを理解したうえで、そのすべてを受け入れるのです。
ヴエコのその姿には、罪の意識も悔しさも、そして深い愛もすべてが込められており、単なる最期の言葉というよりも、魂そのもののようでした
ファプタにとってその言葉は、ただの「誰かの最後の言葉」ではなく、「母が命をかけて託した思い」として届きます。
そして、怒りと悲しみに支配されていた彼女は、その瞬間に初めて「自分が生きている理由」を、自分の中から見出すことになります。
この変化は、物語の重要な転換点であり、視聴者にも深い余韻を残します。
終わりに
「烈日の黄金郷」は、感情を揺さぶられすぎて、しばらく放心してしまうほどのインパクトがありました。
子どものような純粋な心を持ったキャラクターたちが、あまりにも過酷な現実に直面していくその姿は、見ていてつらいのに。
悲しい、つらい、けれども美しい。
そんな感情がごちゃまぜになったこのアニメは、エンタメでは終わらない、深い作品でした
私は以前、シーズン1を見てあまりのつらさに「もう続きは見ない」と言ったことがありました。
それでも、やっぱり見てよかったと思っています。
悲しい、つらい、けれども美しい。
そんな感情がごちゃまぜになったこのアニメは、ただ物語を「観ている」だけでなく、自分の中の何かが確実に変わっている、そんな感覚に包まれました。
登場人物たちはみな、どこか子どもらしさを残した存在です。
しかし、その魂の旅路は、どんな大人でも胸を打たれるものでした。
あまりにも苦しくて、でも目を逸らすことができない。
そんな作品に出会えたことが、今では一つの奇跡のようにすら思えます‼️
今日はここまでにしたいと思います。
最後までご覧いただきありがとうございました♪
またお会いしましょう

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